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名古屋地方裁判所 平成2年(ワ)562号 判決 1991年3月26日

原告

高木郁子

ほか二名

被告

竹内久美子

主文

一  被告は、原告高木郁子に対し金一七五一万六四一八円、同高木啓輔に対し金四三七万九一〇四円、同高木俊弥に対し金四三七万九一〇四円、及び右各金員に対する昭和六三年一〇月三〇日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告高木郁子に対し金五四一一万七七四〇円、同高木啓輔に対し金一三五二万九四三四円、同高木俊弥に対し金一三五二万九四三四円、及び右各金員に対する昭和六三年一〇月三〇日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告らが左記一1の交通事故(以下「本件事故」という)の発生を理由に、被告に対し民法七〇九条に基づき損害賠償を請求する事案である。

一  争いのない事実

1  交通事故

(一) 日時 昭和六三年一〇月三〇日午後五時一五分ころ

(二) 場所 瀬戸市南山町二丁目一一番地先

(三) 加害車両 被告運転の普通乗用自動車(以下「被告車」という)

(四) 被害車両 訴外亡高木大司(以下「亡大司」という)運転の自動二輪車(以下「原告車」という)

(五) 態様 被告車が進行方向右側の駐車場へ入ろうと右折した際、対向直進してきた原告車に自車左側部を衝突させてこれを転倒させた。

(六) 結果 亡大司は、同日午後五時五四分ころ死亡した。

2  責任原因

被告は、右折する際に、対向車線を直進する車両の有無及びその安全を確認して進行すべき注意義務があるのに、確認不十分のまま漫然と右折した過失によつて本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条により損害賠償責任を負う。

3  亡大司の地位

亡大司は、本件事故当時、名城大学二部在学中の大学一年生であつた。

4  損害のてん補

原告らは、本件事故に関し、自賠責保険金二五〇〇万円の支払を受けた。

二  争点

本件訴訟の主要な争点は、亡大司の死亡による損害(特に逸失利益の算定方法)及び過失相殺である。

1  逸失利益の算定方法

(原告ら)

亡大司は、本件事故がなければ、少なくとも賃金センサスによる全年齢階級別賃金を将来にわたつて取得しうる蓋然性が極めて大きい。したがつて、逸失利益の算定は、各年齢階級別賃金に亡大司がその年齢に至るまでの新ホフマン係数を乗じ、これを加算する方法によつてなされるのが合理的である。この方法による逸失利益算定結果は、別紙計算表記載のとおり一億二九六二万七六八一円となり、生活費を四割控除すると、七七七七万六六〇八円となる。

(被告)

亡大司の逸失利益は、いわゆる初任給固定ホフマン方式によるべきである。すなわち、昭和六二年度賃金センサスによる大卒男子二二歳の平均給与年間二五四万七〇〇〇円を基礎とし、生活費を五割控除し、ホフマン方式により中間利息を控除(係数は二一・三九五三)して算定すると、二七二四万六九一五円となる。

2  過失相殺

(被告)

本件道路は、制限速度が四〇キロメートルであつたが、原告車は、これを上回る時速約六〇キロメートルの速度で直進したため、右折の合図をしながら時速二〇キロメートルで右折しようとした被告車の直前を通過しようとしたが、ハンドル操作を誤つて転倒し、そのまま被告車に衝突してきたものである。したがつて、損害の三割を過失相殺すべきである。

(原告ら)

亡大司に過失があつたことは否認する。原告車の事故前の速度は、時速四九・二ないし五七・六キロメートルであり、通常の車の流れにそつて走行していたにすぎない。

第三争点に対する判断

一  逸失利益の算定方法について

1  亡大司が本件事故当時、名城大学二部在学中の大学一年生であつたことは当事者間に争いがない。

甲二の一三、甲六及び原告高木郁子本人によれば、原告高木郁子、同高木啓輔、同高木俊弥(以下「原告郁子」、「同啓輔」、「同俊弥」という)は、それぞれ亡大司の母、兄、弟であること、原告郁子は、夫敏輔とは女性問題などが原因で昭和五七年一〇月から別居し、仕事をしながら大学生の原告啓輔、亡大司、高校生の原告俊弥と四人で暮らしていたこと、したがつて、大学に進学した子供たちが将来家計を助けてくれることを期待していたこと、亡大司は、本件事故当時一九歳であり、公務員志望ということで名城大学法学部二部に進学していたこと、本件事故後の昭和六三年一一月八日に原告郁子と夫敏輔とは協議離婚したことがそれぞれ認められる。

また、甲三の一ないし一八によれば、名城大学法学部二部卒業生の就職状況は、昭和六一年度から平成元年度の四年間をみると、公務員が約二割、民間企業が約六割、その余は自営業、大学院、専門学校及び不明となつていることが認められる。

2  そこで、右事実関係に則して、亡大司の逸失得利益の算定について、当裁判所は次のとおり判断する(一般論として、原告ら主張の全年齢階級別賃金と被告主張の初任給のいずれを基準にすべきかの是非を論ずるものではない)。

(一) 前記のとおり、原告らの家庭は、本件事故当時から実質的に母子家庭となつており、原告郁子にとつては、兄啓輔とともに、亡大司が大学を卒業して就職し、家計を助けてくれるようになるのを期待していたといえる。

また、亡大司は、本件事故当時既に大学一年に在学中であり、卒業後に志望どおり公務員となれるか、あるいは民間企業に就職するかは別として、少なくとも二二歳で大学を卒業して安定した収入を得る蓋然性はあつたといえる。

そうすると、亡大司が大学卒業後、相当程度の期間については、その年齢に見合つた平均的な収入を得る蓋然性があつたものと認められる。

(二) 他方、亡大司が原告らの家庭の家計を支えることが期待されるといつても、例えば、一般的に婚姻という事態が生じることが予測されるし(原告らの主張によつても男子の平均婚姻年齢は二八歳である)、さらにその後亡大司に子供が生まれることまで考えると、その時点以降、原告らには亡大司の得べかりし収入についての相続権はないという場合もありうるわけである。したがつて、原告ら主張のように亡大司が六七歳になるまでの年齢別賃金のすべてを原告郁子夫婦が相続するというのは、合理的であるとはいえず、仮に六七歳までの逸失利益の相続(いわゆる逆相続)を擬制するとしても、算定の基礎となる収入については、ある程度控え目に算定することもやむをえないところである。

また、将来にわたつてベースアツプということが考えられるとしても、五年ないし一〇年先ならばともかく、三〇年、四〇年先までもその蓋然性を認めることはできないから、この点においても原告らの主張は採用できない。

(三) 以上の諸事情を考慮すると、亡大司の逸失利益算定の基礎となる収入は、賃金センサス(最新の時点の平成元年度のものを採用)第一巻第一表産業計企業規模計新大卒の年収によることとし、亡大司が大学卒業後、二二歳から二四歳までの二年間については当該年齢の平均年収二七九万七二〇〇円、その後二八歳(平均婚姻年齢)までの四年間については当該年齢の平均年収三八七万三五〇〇円、それ以降就労可能と認められる六七歳までの三九年間についても控え目に右平均年収三八七万三五〇〇円と認めるのが相当である。また、生活費控除率は、独身男性の場合として五割が相当であり、新ホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して、亡大司の逸失利益の死亡時(一九歳)の現価を求めると、次の計算式のとおり四〇五五万八三八六円となる。

2,797,200×(1-0.5)×(4.3643-2.7310)=2,284,333

3,873,500×(1-0.5)×(24.1263-4.3643)=38,274,053

2,284,333+38,274,053=40,558,386

二  その他の損害について

1  慰謝料(請求二〇〇〇万円) 一七〇〇万円

前記本件事故態様、結果、原告らの家族構成等を考慮すると、右金額が相当と認められる。

2  葬祭費(請求も同額) 一〇〇万円

弁論の全趣旨により、右金額が相当と認められる。

3  合計

前項の逸失利益に右1、2を合計すると、五八五五万八三八六円となる。

三  過失相殺について

1  被告が進行方向右側の駐車場へ入ろうと右折する際に、対向車線を直進する車両の有無及びその安全を確認して進行すべき注意義務があるのに、確認不十分のまま漫然と右折した過失があることは、当事者間に争いがなく、甲二の一ないし二四によれば、被告は、右折する際に対向車線を一べつしたのみで、対向車両の有無及びその安全確認不十分のまま、進入する駐車場の方を見ながら時速一五ないし二〇キロメートルで右折を開始し、折から対向してきた原告車を前方一八メートルの地点に初めて発見し、直ちに急制動の措置を講じたが間に合わず、亡大司に急制動の措置をとらせ、滑走状態に陥つた原告車に自車左側部を衝突させ、同人を路上に転倒させたことが認められる。したがつて、被告の過失は重大である。

2  他方、甲二の九及び甲二の一一によれば、本件事故現場道路の制限速度は時速四〇キロメートルであるところ、事故発生直前に原告車が制動を開始した時の速度は、原告車及び被告車の損傷状況等から時速四九・二ないし五七・六キロメートルと推定されることが認められ、右制限速度超過が原告車の滑走の一因となつていることが認められる。

3  本件道路状況、事故発生状況、右1及び2の事実を総合して判断すると、亡大司の損害について一割五分の過失相殺をするのが相当である。

四  賠償額

1  前記二3の五八五五万八三八六円について右一割五分の過失相殺をすると、残額は四九七七万四六二八円となる。

2  右金額から当事者間に争いのない損害のてん補額二五〇〇万円を控除すると、残額は二四七七万四六二八円となる。

3  弁論の全趣旨により本件事故と相当因果関係ある損害と認めうる弁護士費用は、事故時の現価に引き直すと一五〇万円が相当と認められる。

4  甲六ないし八によれば、亡大司の本件事故による損害賠償債権を原告郁子及び夫敏輔が二分の一ずつ法定相続したこと、夫敏輔は、原告らに対し、自己が相続した債権の三分の一ずつを譲渡し、その旨被告に通知したことが認められる。

そうすると、結局、原告郁子が三分の二、同啓輔及び同俊弥がそれぞれ六分の一の損害賠償債権を取得したものと認められる(なお、弁論の全趣旨により、弁護士費用についても右割合に応じて原告らが負担するものと認められる)。

5  以上によれば、原告らの取得した損害賠償債権は、原告郁子が一七五一万六四一八円、同啓輔及び同俊弥がそれぞれ四三七万九一〇四円となる。

五  結論

以上の次第で、原告らの請求は、民法七〇九条に基づき、被告に対し、原告郁子が一七五一万六四一八円、同啓輔及び同俊弥がそれぞれ四三七万九一〇四円、及び右各金員に対する本件事故の日である昭和六三年一〇月三〇日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 芝田俊文)

計算表

<省略>

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